昨年は色々とお世話になりました。
色々な出会いや別れがあり、とても印象深い一年でした。
中でも、次男が生まれたこと、レバンガ北海道のロゴが私のデザインで採用されたこと、自転車ではカテゴリー別ではありますが、北海道のシリーズチャンピオンになれたことが、自分の誇りです。
今年31になりますが、さらに成長&進化するべく頑張り続けますので変わらぬお付き合いをお願いします。

tomorrow will always be another day.

いつだか忘れたけど、小学校のある授業で、「じいちゃん」「ばあちゃん」の話しになった記憶がある。
やがて、それが
父親の方なのか、母親の方なのかという「意味」もわかり、
生きる、死ぬ。の事も学校で飼っていた“出来事”を経て理解が深まった。
さらに歳を重ねて、
思春期に。
なんか、話しにくい人っているじゃないですか。
俺は、極端なわけではなかったけど、
結局、人を選んでいたのかなと。
俺のそんなことを気にするわけ無い、じいちゃん(別に嫌いじゃないむしろ好き)は、
『皆が集まったから』な感じで、「肉を焼こう」などと言い、いつの間にか準備が整っている事がよくあった。
大人たちは喋り、俺ら若い連中は食べたら、ハイおしまい。的な感じだったけど。
あのようなまとまり感が俺がハタチを過ぎたあたりから見かけなかった。
まぁ、俺が“あの家”に行く機会、時間、理由などが無かったから・・・。見ていないだけなのかも。
やがて、就職し、結婚。
会社の先輩や上司などの人との付き合いも増え、大事にした。
しかし、古くからの仲間はおろか、身内などの「元々の」関係が
いつのまにか疎かになっていたのかもしれない・・・。
だけど、
友人は気軽に連絡したり繋がりを保てるが、親戚関係はなかなかそういうわけには
いかないしやるにしてもなんか微妙。
さらに歳を重ね、俺は30に。
家庭を持ち、子供が2人いて、不規則な仕事で帰って寝るだけの生活。そして夏は自転車と・・・。
平日はおろか休日も時間を気にする毎日・・・。
すると、いつも元気だったおじいちゃんが、昨年突如病に・・・。
あんな爽快な人が。あんな元気で遠くにいてもわかる声量で明るく接してくれた人が。
それだけじゃない。
俺はおじいちゃんにとって初孫だったから、余計に“唯一”のおじいちゃんのことが好きだった。
そういえば自分の結婚式に、ばあちゃんの誕生日だったからプレゼントをあげ、何か一言喋ってもらおうと思ったけど、突如マイクを取って話し出し・・・、
出席した方は思い出していただいたかと思います。
3月に震災があり、突如結婚する方が増えたり、つながりが大事に。
だからというわけではないが、
春から、時間をやりくりし、北大で入院している際、近いし一人で行ったりした。
なんか使命感めいたものを感じていた。
特に話すことないし、話すときに何を話していいかわかんないし、困るけど、
自分に後悔したくない想いで、見舞いに行った。
夏にニセコヒルクラの試走に向かう際、
ジャージ姿になった俺とおじいちゃんと一緒に写真撮った。まだ見てないけど・・・
やがて秋になり、おじいちゃんは地元の病院に帰っていた。
父から「もしかしたら年内かも」という連絡を受け、急遽行った。
しかし、それまでの姿やイメージなどとはまったくの別人。まさに病人そのものだった。
余計に何を話していいかわからない状態になった俺と、話すことが困難なおじいちゃん・・・。
俺は手を握り「闘ってほしい。頑張って」と伝えるだけに留まり、どうしていいかわからなく・・・。
そして数日後、おじいちゃんは逝った。
いま思うと、長々と闘病するわけでもなく、
それほど迷惑をかけず逝ったのは、おじいちゃんらしかったのかも。
そんな告別式の日は終始、秋晴れだった。
最後まで、爽快でカッコイイ人だった。





レース前夜まで仕事をしていて、
まったく疲れを取ることができず臨んだ市民大会。
エリートのレースは応援せず、車の中で1時間以上寝てました。
結果は「優勝」!ではなく、4位でした。
悪いトコ全部出た感じです。
せっかく家族の応援があっただけに、残念です。
展開としては、まったくイージーだったのですが、
ラスト1周の逃げがわからず(周回遅れなどが混ざっていてわからなかった)
オフに向け、後味の悪いレースになってしまいました。


市長杯
中段より後方の位置からのスタートを切りました。
ロケットスタートをかまし、エリート中のエリートの後、6番手くらいまで上げ
ここから行ってやる!とJPのF井くんの後に付くが、
そこからみるみるパワー低下・・・。
チームトップを走るけど、のづさんに交わされ、
WD&T-28と3周以上仲良く走った。
一応、スプリントもやるが、年上のWDに譲り?
ゴール。
終了後、家族で歩いてクルマに戻る際、
DのF原さんから声をかけられ、元気をもらった。
これで2011年のレースシーズンが終わりますが
一緒に走っていただいたチームメイトや仲間、そしてレースで闘った皆さん
お疲れ様でした。
また、大会関係者の方々ありがとうございました。
special thanks!
のづさんの奥様(City Racing Photographer)^^
一人もんが、結婚し、やれ結婚式だ、新婚旅行だなどと
写真を撮る機会が増え、
さらに子供が生まれるとなると、スタジオで撮る事が多くなりました。
先日、次男君のハーフバースディということで
スタジオに行ってきました。
そのまま、年賀状に使用するとかしないとか・・・。
したがって、yamaも撮るわけです。
ちょいと“うさぎ”になってもらいました。
ピョンピョン♪
うさぎになりきり、あちこち跳ねまくり(笑)
しかし・・・
実はこの衣装、サイズが合わず写真は笑顔ですが
この後「キツイ」を連呼。。。
汗もかきまくり(動き回るからだって)
さらに、撮影時には2人とも眠くなり、ご機嫌斜め・・・。
初回撮影時から順調にきていたが、今回は初めての
「後日再撮影・・・」
子供らしいひとときでした。
仕方ない。
カメラマンさん、スタッフの方、すみませんでしたーっ。
リベンジしますので!
余談ですが
中学時代の友人tomoが妊娠とのこと!
欲しくても、なかなか出来なかっただけに、嬉しい!
今頃名前考えているところなのかな??
とても楽しみです。
では!

本音を言うとステージレースというものを味わいたいから
T.T、ロード、クリテリウムの3つとも出たいレース。
けど、現実には保育園の運動会&仕事、ロード、仕事&ちょろっと応援でした。
毎年運動会とかぶるため、どっちか日程がズレるのを期待するしかないですね。
他力本願で。
また、今回は仕事も忙しくレースのあった週はタクシー帰りばかりでした。
だから、土日に乗ってレースまで自転車には一切乗りませんでした。(通勤も)
ちょうど、身体もなんとなく疲れていたので乗る気も起きませんでした。
睡眠不足のまま迎えたレース当日。
俺にとって朝5:30起床というのは凄くつらく、まだ寝ていたかった。
野幌から夕張までのバスの中でも寝かせてもらいましたzzz
天気は雨。したがって路面は完全なるフルウエット
タイヤの空気圧は普段より若干落としてスタート。
団子状態のまま夕張の坂を下る。
集団の中にいるのはとてもリスクを伴うため先頭まで出て、先頭交代する。
その勢いで継立の交差点を先頭でクリア。
途中関西弁で「ぜんぜん(ローテが)回らへんな」と言われ
俺が「こんなもんなんですよ・・・」とポツリ。
ここからはアップダウンの繰り返し。
前が上りで詰まるから後がどんどん来て集団に飲み込まれる。その繰り返し。
雨だし、何度不要なブレーキをかけたことか・・・。
ここで、チームメイトの任天堂さん現る!
彼は一週間前も調子良く走っていたし、前に来るのは必然だったと思う。
道外勢に混ざり、積極的に先頭を走っている。
雨で集団は若干ナーバス気味。
だから俺は何度か一緒に走ったことがあり、集団走行が慣れている
Dの難波くんの後でずっと展開し、走りやすい場所を選んだ。
アップダウン区間を終え、キーとなるスキー場が徐々に近づく。
そこでS2ののづさんをパス。キツそう・・・。
麓に差し掛かり、事前に「あそこでやる」と言っていた任天堂氏が一気に先頭へ!
しかし、任天堂氏は脚に来ているのか?
勾配がきつくなる前に俺がいる集団に飲み込まれてしまった。
そして遅れているエリートのパパさんも見えてきた。
抜かす際に「かわいくんガンバレ!」の声。心の中で「ありがとう!」と言った。
俺は5番目で山に入ったが、ズルズルと遅れ30番くらいまで落ちた。先頭は全く見えなくなった。
ボスやWDみたいに速い・・・。そういうしているうちにングラスが曇って前は見えないし、視線が落ちる・・・。苦しい・・・。ちらりとメーターを見ると12km/h 試走では18km/h出ていたのに・・・!
勝ちを狙う俺としては非常に非常に危機だ!!!!!
あきらめる?あきらめない?苦しい?踏むのを止めれば楽になるよ
いつもならそんなネガティブな考えが頭の中をよぎるが、集中していたんだろう。
まもなく頂上は目前!エンジン点火!!!!!!
ここはレースのポイント。事前にこうなる展開になると思っていたし、
自分もここのクリアの仕方で成績が左右される。というのをわかっていた。
全開で追う!雨の下り?コワイ?コケ?ミエナイヨ。
リヤタイヤを2度滑らせながら、77km/hで追う!
下りが終わり、視界が開け、前を見る。目測で300m前方に集団と100m前に2人
そして、俺の後100mに2人がいるのを確認。
前は2人!俺は1人、後も2人で猛烈に追ってきている。さてどっちを選ぶ?
俺は後者を選び、一旦待った。
3人で回し、回し、回し、回し、42km/h程出ていたかな?
どんどん集団が近づく。
追いついた!
「よし!」
一緒に回したお2人と握手。(これがロードレースでもありますよね)
俺的にレースを振り出しに戻した。後からメンバーをチェックさせてもらう。
前は前でローテーションしている。
ペースは安定。俺の脚も復活。
集団は20名ほど。
あの坂を越えてきたのだから、速い人ばかり。道外勢も多く知っているのは北大の2人。
15番目で展開していたが、ゴールまで残り10km程でARIの選手がスルスルと橋の上りを利用して前に上がる。ARIといえば、速い人がいるチームと聞いている。俺も後を追った。
コーナーを回りさらに前に上がり、4-5番目で展開。この位置にいるならローテーションをする義務がある。だからやる。道外勢は「回せ回せ!」道内勢はやるのかやらないのか曖昧で怖い・・・。
パパさんからアドバイス「理想を狙うな」→スプリントするな。
残り1kmで一人出る!俺も飛び出した。→「大丈夫なのかなー笑?」
左最終コーナーを2番目で曲がる!
俺の脚、トルクがかからん。一気にドバーっと8人程に抜かれた・・・。
クッ!
残り300m前のスピードが鈍った?俺いける?・・・イケナイ。
腰も上がらん。
諦めず追うが、届かない。
7位フィニッシュ
勝ったのはARIの選手。
挨拶した。彼は「意外と脚があった」と。
俺、やっぱ、スプリントやれば良かった笑?
でも、ベストは尽くした。
そして道外勢の素晴らしさ、強さ、フェアさを身に染みて感じた。
上位はほとんど普段一緒に走らない道外勢。
その中で走れたのはいい経験になった。
photo by のづさんの奥さん nice photo!
(本当は大きい画像なんですが、設定上仕方ないんです。。。)
photo by のづさんの奥さん
俺が手招きしている先は去年までチームメイトだった小次郎
のづさんはライバルメーカー同士の飲みものを持っている(笑)
では!
夢叶う。
先日の金曜日、各ニュースサイトなどで公開され、
さらに北海道新聞の朝刊第一面でも掲載されました。
とある、スポーツチームのロゴデザインが私の案で採用されました。
たくさんの方々から、お祝いの電話やメールをいただきました。
本当に感謝しております。
と、同時にさらに進化しなければならないと。
なお、今回は画像などは、控えさせていただきます。
ぜひ、このブログをご覧になられている方は、ご自身の眼でご確認下さい。
そして、そのチームを応援してください!
もっぱら最近ロードレース専門日記と化しているこのブログ・・・。
やはりTwitterのせいもあるのでしょうか?
なにせPCに向かう機会を作るには色々と時間を
作らなければならないもので・・・。
ってことで、ニセコ花園ヒルクライムに参戦してまいりました。
それも前泊!
日頃、妻にブーブーいわれながら練習に行っている身として、
家族サービスも兼ねて。途中、実家に寄ってジジババにも会いに行きました。
天気は土日共に最高で、倶知安&ニセコという環境の良さも手伝い、
なんだか、同じ北海道とは思えない雰囲気でした。
夜の花火も最高で・・・。
レースじゃなくても、行きたい場所ですね。
さて、レース当日。
前夜は次男君を除けながら寝たため、ブツ切れ睡眠でした。
俺よりも気合いの入っているyamaの顔(笑)
レースはですね・・・。
いままで完走した中で最低最悪の23位というリザルトにうんざりしてます(笑)。
しかもスタートの違うS5よりもタイムが遅いというテイタラクぶり・・・。
まさに失意。。。
ヒルクラという性質上、どっか〜んとスタートしたら上りしか無いし、
各々のペースで上がるイメージを持っているため、
質の高い方たちは駆け引きなんぞあるのかもしれませんが、
俺はただひたすらゴールを目指しているというのがはっきりと、わかりました。
それも下位で。
あと気持ちも。
でも、脚は回っていたか?踏めていたか?というと???が付きます。
疲労感でいっぱいでした。
ゴール後、手も痺れだし、あれから9時間経った現在も痺れは継続中です。
追い討ちで、帰りはそのまま下山せず、35km遠回り&アップダウンコースというのが効いたのとか?
まぁ、いずれにせよ
順位にはがっかりしてますが、俺はこんなもんでしょ。という気持ちの方が強いです。
のづさんは「スプリントが強いわけだから」なんて気遣ってもらいましたが
自分の中で、答えが出ない答えを探している感じです。
考えていてもキリが無いですし
レースはヒルクラだけではないんですよね。
気持ち切り替えて、次頑張ります。
のづさんありがとうございました!
3ステージは息子の運動会とぶつかるため
無理なのですが、
ロードに出るか悩んでいます。
コースも変更したことですし。
どうしよっかなー?
ツイッター的なブログでした(笑)

博物館の帰り道
迷彩服の集団とすれ違った。
徴兵制のある国ですから。
ソウル市内
クルマが多すぎ。人口が1100万人と聞いたが、多かった。
でも路駐は非常に少なかった。
それが、素晴らしかった。
この写真を見て、お気づきの方は
もう、ご理解頂けたかと思います。
スリリングだった。
そうです。ここです。
この写真は俺が撮りました。画像転載でもなんでもありません。
向こうに行きました。常に監視されてました。
明洞餃子。餃子はもちろんだが
右奥にある麺は、ソウルに行ったら食べるべし!
最高に美味かった!!!
俺のiPhoneの画面
何かが違う?!
今回の韓国で、最初で最後の韓国の方との一枚。
密着しているのは気にしないで・・・
まぁ、物事をはっきり言う方だったので
意思疎通がしやすかった。
「ノーメイクだったのに・・・」
この言葉が今でも印象に残っている。
今回、板門店に行けた事が非常に心の中に残っている。
たぶん、これからずっと俺の中で行き続け、一生忘れないだろう。
俺は、日本に生まれたが、島国で隣国だし、日本語という
独自の言葉でコミュニケーションをとっている。
話を板門店に戻すが
同じ言葉を話す大陸の者同士が、あのように分裂したのは
何らかの行き違いがあったにせよ、血を流す必要があったのか?
もしくは、血を流さねばいけなかったのか。
ソウルから、板門店へは、90分ほどで行けた。
つまり軍事レベルだと、至近距離。
ソウル市内から流れている漢河の沿いには、迷彩の小屋?に兵士が常駐していた。
これは日本じゃ考えられないし、そんなのは見たこともない。
しかし、向こうはそれが当たり前だった。
でもショッピングモールは日本と何ら変わらず、人がたくさんいた。
歴史を変える事はできないが、
これからの事はお互いに向き合って行く事はできるはず。
しかし、現在この混沌とした世の中ではそれが難しいのかもしれない。
俺は、幸か不幸か日本で生活しているが、やはり日本は平和ボケしていると強く感じた。
上手く言えないが、国際平和、アジアの成長を願って…
昨年は大会中止に追い込まれてしまった同大会。
今年は、無事に開催され、行ってきました豊富町。
自分にとっては2008年以来、3回目の出場。
その時はS-4で4位でした。
同時のライバル「すづっき」君に敗れての4位。
彼もサイクルプラザさんだった。
今年は例年よりも1ヶ月早くに開催されました。
土曜の朝、出発。昼過ぎに到着。
試走を終えて、温泉へ入り、宿へ。宿と言っても、バンガローで、寝袋。
WDは俺のiPadに入っているTDFのゲームを1時間以上楽しんでいた(笑)。
隣はGT氏。彼は翌日のレースに集中し、静かだった。
オーラも出ていた。
また、チームの千歳組連中はコースマップを数人で見ていて、
気合いが入っていたようだ。
俺は・・・。普段どおりに、身体や精神に変化を与えず、過ごしてました。
で、朝。
前日までの寝不足で、すんなり寝れた(道中でも爆酔)。
任天堂氏は暑いこの季節にミスマッチな?寝袋で悪戦苦闘していたようだ(笑)。
パパさん一行は無事に深夜の2時に着いたようだった。
のづさんのツィートではテンション↑↑だったらしい。
後にT-28メインだってことがわかった(笑)
全員ジャージに着替え、移動。
会場着。
準備やアップ。
終え、戻ったら既に並んでた。
(俺はいつも通りの最後尾から)
で、スタート。
あっしー&もう一人のプラザの選手が先頭で引く。
俺は後でのんびりと。
しかし、落車の匂いがするんで、早々に前へ。
展開としては、1周目は淡々としていて、ペースはあまり上がらなかった。
上がらないというか、上がっても下がる。
この一連のスピードの変化では、まったく人数が減らないし、
逃げが決まりにくいコースの特性もあったと思う。
2周目。
ボスが徐々に上りでペースを上げる。
ただ上りの後はすぐに下りだから、いくらボスが上げても追っ手が来てしまい、
その繰り返し。。。
でも、脚の無い選手は、ブツブツと切れている。
後半のセクションで、1名落車したのが見えた。
砂利を擦る音が聞こえた。
接触音は無かったから、斜行者を避けるためのアクシデントだったと思う。
残念です。
3周目。人数は減っただろうか?と周りを確認。
結構まだいた。20名程か。全くペースが上がらないから当たり前なんだけど。。。
「減らしたいな・・・」と思った。
丁度良く、ローテーションの番が回ってきたので、するとみせかけて、アタック開始!
気配は全く無い。単独。
泳がされてるな・・・。
2、3km走って、
「ここから活性化してくれ」という願いとともに吸収。
が、しかし、全くしなかった(笑)。700mの上りで、わざと一番後ろに下がり
人数確認。さっぱり減ってない。
あっしーとボスは積極的に前を走っている。
そろそろ動きがあるころかな?と思い、ヘアピン通過。
立ち上がり、、、案の定、行った!
3名ほど先行!!!
俺は後方にいたしムリして行かなかった。
メンバーはボス、あっしーともう一人、さらに1〜2名が追う展開。
で、俺がいる集団。
後を見ると縦一列!
やっとレースらしくなってきた!!
集団はやがて吸収。
振り出しに。しかし、残りあと5kmも無い状態で、後半のアップ&ダウンセクション。
大集団。
下りに差し掛かる直前!2周目と似たところで、5、6人の落車!!!
しかし、集団のペースは落ちることなく、ゴールへ突き進む!!
ボスから「後について!!」と声をかけられたが、あっしーがそれを聞こえていたのか
わからないが、彼に入られてしまった。
・・・ミス1
俺は「ちっ」っと心の中で舌打ち。
次の動きを考えられなかった・・・。
・・・ミス2
下りきり、ボスが踏み出す(彼は俺が後に付いていると思っている)
俺は、もう冷静さを欠いていた。焦っていた。
北大の選手が踏み出す!
同調して俺も追った!!
・・・ミス3
結構踏んだ。頭を上げたが、そこは本来俺がスプリントを開始しようとした位置。
その直後!!!!!
左からライトオレンジのジャージ!
サイクルプラザのあっしーが猛烈なスピードで上り坂を駆け上がっていく!
先に行った、北大の選手はスピードが落ちない。
右下から選手の気配!
やばい!
ハンドルを前に投げる!
北大の選手を捕まえきれず、ゴール!
3位になった自信はあったから、すぐに順位を聞かれたら答えたが
正直言って嬉しくなかった(本当にすみません)。
ゴール後、適度なダウンを済ませ
あっしーに「おめでとう」と伝えしばらく話をした。
気がついたらボスも現れて3人で話をした。
彼曰く「最後まで我慢した」とのこと
おそらくヒュックさんのアドバイスなんだろう。
10分も満たなかっただろうか。3人で話したけど
俺は正直言って、なにもしていなかったから2人が輝いて見えた。
今回のレースは楽しめ、踏んだが、悔しかった。
しかし、レースは続くから、これからも頑張ります。
うまく言えませんが、今回のレースは楽しめた。
豊富町の皆様、そしてレース運営の方々ありがとうございました。
脚が太いのは陸上競技をやっていたからよ。
集合写真。
この中に写っている人が3年計画で「ツール・ド・北海道に出場してやる!」と
高らかに言ってました(笑)!
あ、俺じゃないですよ。
では、みなさま、またレース会場でお会いしましょう!
長文失礼しました〜。